Q.13 歯科医院に行くと,良くX線写真(レントゲン)を撮られますが,何時も心配です。大丈夫ですか?

 これにお答えするには,患者さんにも少し勉強して戴かねばなりません。

1.放射能と放射線について。
  この放射能と放射線は本来違う物ですが,混同されている方がいます。また何と,朝日新聞等の一流紙でもごっちゃに使われていることがあります。放射能というのは物質の性質を表す言葉の1つで,放射線を出す物質又はその性質や能力のことを言います。放射線とは実際にエネルギーを持って空間を飛び交っている粒子(電磁波も含む)を指します。ですから,X線は放射線であって放射能でないので,照射された時だけ,患者さんが被曝するわけです。最近のニュースで,どこかの施設で誰かが放射能物質(新聞では放射性物質と記述されていましたが)を部屋にばらまいたと伝えていましたが,これは,その物質があれば放射線を出し続けるので,出している間は,被曝する危険があります。(放射能物質は半減期と呼ばれる期間毎に,放出する放射線の量が半分になっていきますので,永遠に未来永劫放射線を出し続けるわけではありません。)まず,この違いを理解して下さい。歯科医院で使用されるX線はX線発生装置と呼ばれる装置に電源をいれ,照射ボタンと呼ばれるスイッチをオンして,回路に電気が流れて始めてX線が発生します。放射能を持った物質を利用している訳ではありませんので電源さえ入らなければ全く安全な物です。よく出る質問に「X線が出てから,どれくらいたってから(又は何秒後に)X線室に入れば安全ですか?」と言うのがありますが,X線が照射され,発生が終われば直ちにX線は消滅するので安全です。X線は光と同じ電磁波(専門的には光子(こうし)と言う粒子の流れ(粒子線)でもあります。詳しくは物理学の本を読んで下さい。)なので,可視光線に変えて考えると分かりやすいと思います。夜,ついているLED(電球,蛍光灯でも良いですが)のスイッチを切れば,光は消えてすぐに闇になるのと同じ原理で,X線が照射されている間だけしか放射線であるX線は存在しないのです。X線は直ちに物質に吸収されて消滅してしまいます。

2.自然被曝について。
  人間が放射線を被曝するのは,何もお医者さんや歯医者さんの所だけではありません。色々ありますが,その内人類が進化の過程で,この世に発生する以前から地球環境にあるのが自然放射線と言われる物です。これは①宇宙から地表に降り注ぐ放射線で宇宙線と呼ばれる物,②岩石や土壌等の天然の放射能物質らか出る放射線,③空気や食物に含まれる放射能物質を呼吸したり摂食したりして体内に取り込まれた放射能物質から出る放射線の3つの放射線があります。これに人間の活動によって作り出された放射線が加わります。この人工的放射線には事故によるものもありますが,老廃物として環境に放出される物もあります。人工的放射線を除いて自然放射線のみを考えると,これは人類が進化の過程で発生する前からありました。そこである一部の学者は,生物は自然放射線のある環境で進化を遂げてきたので,当然放射線があることが前提で進化したはずである。故に自然放射線程度の放射線の量では害は無いはずだし,ほんのわずかな放射線は生物を活性化させる刺激になる。と言う説を唱えています。但しこの説は未だに定説とはなっていませんが。但し,放射線や電気等の物理的刺激又は化学的刺激等によるDNAへの損傷を修繕するためにDNAの修復機構があるというのは定説になっています。つまり活性化するかどうか別にして少なくとも生物の体は,放射線があることが前提に形作られているわけです。すると,次に気になるのが自然放射線の量とX線写真を撮影したときの放射線の量が気になります。通常の自然放射線の量は,年間2mSv(ミリシーベルト)程度と言われています。(場所により若干変動します。単位と撮影時の被曝量については後述します。)ここでは,自然放射線による被曝を自然被曝と呼び,①人間が制御することが困難である。②比較的一定レベルの量である。③世界の全人口が被曝している。④全身に被曝している。⑤山に登ったり,航空機に乗り上空に行くと量が増える。と言う特徴があることを覚えておいて下さい。簡単に言うと,自然放射線+(人工放射線-医療放射線)=公衆が一般的な生活でさらされる放射線(これによる被曝を公衆被曝と言う)と言うことになります。(職業的な被曝のことは除く)

3.人間と化学物質の量と濃度。
  話を変えて,酸素と水について述べます。ともに人間が生きて行くには不可欠な物です。酸素が無くては人間は窒息してしまいますが,100%の酸素を吸い続けると酸素中毒を起こします。又水もコップ一杯の水を飲んでも何も起きませんが,何リットルも強制的に胃に送ると胃を壊したり体に悪影響を及ぼします。このように人間に不可欠な物であっても,その濃度や量を間違えると毒となってしまいます。酸素は酸素中毒を起こす物だから吸うのをやめましょうとか水は何リットルも飲むと毒だから飲むのをやめましょうとは言わないと思います。水も酸素も量と濃度を間違えなければ絶対に人間の生存に必要な物なので,飲んだり吸うのをやめないわけです。放射線も大量に被曝すると,癌になったり,死んだりします。放射線は,水や酸素と違い,絶対に必要な物では無いと思いますが,大量に摂取した時の事を考えて,量が少ない場合も同じように考えて恐がるのは間違えだと思います。

4.放射線の害について。
   具体的に人体に対する障害について述べます。時間的に考えると,①放射線を浴びてから比較的短期間(数週間程度以内)に現れる障害,②放射線を浴びてから比較的長期間(数年以上)たってから現れる障害,③放射線を浴びた個人ではなく,次の世代に現れる障害の3つに分けられています。①の急性障害について考えると,具体的には皮膚が赤くなったり,潰瘍が出来たり,脱毛等があり,極端な場合が放射線死と言うものがあります。この場合は,ほとんどその発生するのに最低の放射線量と言う量があります。(専門的には,非確率的障害と言います。)つまりその最低量以下であれば,その障害が全く現れません。医療放射線の内,診断目的のX線検査に使用する線量は急性症状が現れる線量と比べると3桁から4桁くらい小さい値なので急性症状については全く考えなくて良いと思います。ですから患者さんが歯科のX線検査を受けたからと言って,この急性症状が発症することはまずあり得ません。又次の質問として「1回の線量が急性症状の出る千分の1だとすると,千回目に障害は出るのですか?」と言う疑問がわいてくるかと思いますが,短期的(1日とか数日間)に千枚X線写真を撮影することはまず無いと思います。必ず何年かにわたって撮影すると思います。すると1回放射線を浴びてから次に浴びるまでの間に,生体の回復能力により放射線の影響をやわらげる作用が働き,単純に影響が加算されたり,蓄積される訳ではありません。これは3.でお話しした水の問題で考えればよく理解できると思います。水を一度に100リットル飲むと障害が出るとして,1リットルを毎回飲むと仮定しても100回目に障害が出るとはお考えにならないと思いますが,それと同じです。また,②と③は,それぞれ晩発障害,遺伝的障害と言われるもので,これらの特徴は,①と違い,放射線を浴びなくても発生すると言うことです。つまり障害が発生した場合,その原因が放射線だけによるものなのか?,化学物質だけによるものなのか?,自然に発生したものなのか?,それとも原因が複合しているのか?が,なかなか区別できないものなのです。具体的に障害の内容を言うと,悪性腫瘍(俗に言う癌)の発生が主なものです。ですから,①の場合のような発生するための最低線量(専門的には,しきい線量と言います。)が存在しません。(線量0でも,障害は発生しますから。)それでは,どうして放射線障害として発癌作用が分かったかというと,統計処理によって分かってきました。つまり,放射線を浴なかった群と浴びた群の癌の発生率の違いや線量の多い少ないと発生率の差などを統計的処理して比較検討し,分かって来ました。つまり,放射線は集団の癌の発生率に正の影響を与えますが,個々の個人に対しては何もいえません。どう言うことかというと,例えば不幸にしてある患者さんが歯科医院でX線検査を受けてから10年後に(放射線の影響だとすると,最低10年以上たってからと言われています。)癌になったと仮定します。このとき10年前に受けたX線検査の影響だけで癌になったと断定は出来ません。無論可能性はありますが,それよりも遺伝とか食生活などの生活習慣の要素の方が強くて放射線のせいだけとは言えません。但し医者歯医者の立場で言えば,放射線による癌の発生率がOでないので(集団に対して)少しでも枚数を減らしたり,線量の少ない検査法を選択したりして,常にこのことを考慮してX線検査を行っています。個々の発癌に対してはいえませんが,集団として被曝する線量を低減することは,集団として発癌の度合いを低減することになるので,重要な事です。

5.放射線の単位について。
   やっと放射線の単位についてお話出来ます。放射線の単位には,色々なものがありますが,主のものは3つで,①その空間での放射線の強さ,②エネルギーとして対象の物体(生体も含む)にどれだけ吸収されたか,③吸収された線量が同じでも放射線の種類により生物に対する効果は違うのでそれを補正した吸収線量,の3つがあります。それぞれ①照射線量②吸収線量③線量当量(実効線量とも言う)と言います。新聞雑誌などに,どのくらいの線量ですか?と聞いて色々答が出ていますが,この違いをごっちゃにしている場合がよくあります。又照射されている皮膚面での照射線量と吸収線量の違いが理解されていない回答もよく見られます。それと照射された体積を考えないで議論されている場合もあります。歯のX線検査で照射される体積と胸部それとでは,何倍も体積が違います。又その照射された体積の中に放射線に弱い臓器が有るか無いかも重要です。定義その他詳しいことは放射線関係の成書をお読み下さい。単位についてのみ書きますと①旧単位でR(レントゲン),新単位ではC/Kg(クーロンパーキログラム),②旧単位でrad(ラド),新単位でGy(グレイ),③旧単位でrem(レム),新単位でSv(シーベルト)と言います。

6.まとめ
   結論を言いますと,歯科医院で受けるX線検査の影響は微々たるものでご心配は全くないと申し上げて良いと思います。歯科医院でよく使用するX線検査は,頭部の周りをX装置が回転するパノラマ撮影とフィルムを口の中に入れて撮影するデンタル撮影と言うものだと思います。その内,線量の多いパノラマ撮影での被曝線量は,線量等量は43.6μSv程度と考えられます。これは2.でお話しした自然放射線によるものと単純に比較して1/50程度であること(自然放射線の量とパノラマ撮影の線量に幅があるためぴしっと何分の1とはいえません。)。又自然放射線が全身に浴びるが,パノラマ撮影が頭部の約下半分しか浴びないので体積比から言うとその1/10以下の影響しか与えない。などを考えると4.で述べた急性障害は全く発生しないと考えられます。又晩発障害についてですが,10年後に癌になるリスクよりは今X線写真を得なかったことによる不利益の方が大きいと考えられますので,ご心配になることはないと思います。患者さんのX線写真を撮影することによる危険度(リスク)と医学的利益を常に考えて,医師や歯科医師は撮影を決定しているので,又責任を負っているので,心配は無いと考えられます。どっちにしろ,放射線は目には見えませんし,触ることもできません。長さとか重さなどの五感で感じるものでないだけに,どうしても観念的な捉え方になって実感がわかないと思います。ですからよけい恐怖感が先に立つと思いますが,見えないからこそ,よけいに正しい知識を持ってよけいな心配はしない,不用意に安心しきらないで,正しく放射線に接して戴きたいと思っております。放射線は,便利なものであるかわりに,危険な面もあります。その理解にはほんの少しの知識も必要です。そのうえにたって恐がるなら分かりますが,見えないから,感じることが出来ないから恐いというのは,お化けを恐がるようなものだと思います。正しい知識を持ってから評価をして戴きたいと願っております。

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